撮影は1994年の年明けから行われた。このブルー・バックの台も、私が原図を書いて、宝塚映像の美術に製作して貰った。
いかなトラブルが発生したか、私は聞いていない。ただ、通常は3日半というのがこの枠の通常の撮影日数だそうだが、この回はそれを三日オーバーしたという。
セッティングを見守る監督・小中和哉。
ワイヤーのオペレーションにも自ら参加したらしい。