憑かれた様に没頭していた人形づくりが終わると、私は普段の日常に戻っていた。
 今度作った、不可解な成り立ちの人形に限らず、私は人形を作り上げると、それで関心の多くを失ってしまう。自作した人形は手を触れる事もなく、部屋に暫く飾った後に、人へ譲ってしまう事が多かった。
 ものを書く仕事と言っても、ただひたすら仕事場でディスプレイに向かっていればいいというものではない。様々な打ち合わせや会議が昼間には多く入る。いきおい執筆作業というのは夜半過ぎてからという事になる。
 私はあまり気が長い方ではない。これは生来のもので仕方がないのだが、時折理不尽な事に行き当たると(仕事にはつきまとうものだ)、怒りを露にして仕事を降りる事もあった。
 怒りという衝動は人を疲れさせる。アドレナリンを分泌した後の、あの言いようのない虚脱感、疲弊しきった神経は確実に私の躯を蝕んでいる。

 人形の事も暫くは頭から遠ざかり、打ち合わせを繰り返す日々が数日続いた。
 よく待ち合わせで使われる新宿東口の喫茶室で、ある女性と偶然に再会した。
 数年前にある仕事で知り合い、その仕事が終わった時に男と女の関係になった。ややして、彼女が半年ほどアメリカへ赴任する事になった。
 電子メールやチャットのやりとりも、日を追う毎に減っていき、彼女が帰国してからは自然解消の様な形となっていた。ここ数年会っていなかったが、今は私と違う世界で仕事をしている事を伝え聞いて知っていた。
「こんにちは。お久しぶりです。お元気でした?」

Next>

TEXT and Digital Imaging:小中千昭
Illustration: 西岡 忍
Cell Coloring: 金丸ゆう子

AX誌2000年連載
(C)ギャガコミュニケーションズ 創映新社