いつもの印刷台本書式が画面に表示された。私はこの書式でないと、シナリオを書くことが出来ない。厳密に時間軸を定められた中で、物語を映像として構築するには、時間の感覚――「尺感覚」が必要である。私は、この台本の書式で、何ページが何分に相当するか、どれだけ台詞を書けば、適当なシーンが成立するかを身体で会得しているのだ。 しかし、これから書く物語は、その時間軸が予め壊れてしまっている。 私が、そうしようとしたのではない。 書き出す前はいつも、時間が掛かる。小説でもなければ、不特定多数の人に読まれるものでもない。 それでも、書き出し始めるには、頭の中で行きつ戻りつの逡巡、浮かんだ言葉の自己否定を果てしなく重ねた上でしか、出てこない。 一杯目のカップが空になり、煙草が三本灰になったところで、私はキーボードの脇へ目を落とした。 彼女が見上げていた。 29センチ、プラスティックの躯を持った女――マリス。 私の視線を感じると、マリスは私を見上げて、微笑んでくれた。 私は、マリスが夜毎に、私の耳元で囁いてくれた言葉の断片を、そのままシナリオにするつもりだった。 3DCGという、現実には存在しない仮想の空間で表現する物語として、これほど相応しいものは無いだろう。 私の指にまとわりつくマリスをそっと退けて、私はキーを叩き始めた。 マリスと戯れるには、まだ時間が、早い。 |
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