小説版「稀人
小中千昭 書き下ろし

9月25日発売
角川ホラー文庫

ISBN4-04-376801-X \552

稀人 あとがきweb版

 小説『稀人』には、折の関係であとがきが収められなかった。
 この小説の成り立ちについては、少々記しておきたい事もあったので、書いてみようと思う。
 このあとがきを先に読んでから、小説を読んで頂いても構わない。


『稀人』の小説を書こうと思ったのは、ぴあシネマフェスティバルでの特別上映にて、完成した『稀人』を初めて観終えてからだった。
 完成した映画は、期待を大きく上回る出来であり、私なりに何か、公開をバックアップ出来る事はないかと考え、角川ホラー文庫の池田和人氏に連絡をとったのだった。
 当初は、全くのノヴェライズではなく、映画のヴィジュアルを使ったグラフィカルな書籍、もしくはムック的なものはどうかと考えていたのは、私が自己の脚本を小説化するという仕事があまり好きではなかった事もある。
 池田氏に限らずだが、映画の『稀人』は、見終えた人に「多分こういう事じゃなかとは思うけれど……」と著しく不安な感情を残すものになっている。それは私や清水崇監督の狙いでもあり、こうした内面的世界を描くものに、ある特定の解釈を決定づける態度を私はとらない。
 しかし、『稀人』に導入された数々のモチーフは、多少の予備知識があった方が、より理解を深めるのもまた事実であり、そういったフォローを含めた小説を書いてはどうか、と池田氏の薦めがあって、ノヴェライズをする事になった。
 また、池田氏からは、もう五年程も、小説を書く事を依頼されていながら、ずっとその義理を果たせずにいたので、これも機会だと考えた。
 元があるとは言え、一冊丸々書き下ろすのに許された時間は半月。精神的にも肉体的にも、ぎりぎりの状態で何とか書き上げた。仕事の仕方としてはあまりに辛いものだったが、このお陰で主人公の心情を書き込むことが出来たとも言える。

 映画版『稀人』の成り立ちについては別項を参照頂きたいが、その出来上がりは、私の期待を大きく上回るものであり、かつ、私が書いた脚本からやや異質なものに仕上げられていた。
 この小説は、その映画版を主観的・客観的に観た私が、改めてこの物語を語り直したものであり、それは元の脚本とも違うものになっている。
 特に、主人公の増岡は、脚本上ではかなり私自身を投影したキャラクターだったのだが、塚本晋也氏に演じられた増岡は、書いた私にとって、明らかに私とは別の生きた人間として映画に定着されており、その声、喋り方などを小説にても想定しながら書いている。

 作者としては、映画を観て、そしてこの小説を読んで欲しいとも思っているのだが、この小説だけでも独立した作品として成立させる事を努力した。

 プロフェッショナルなビデオ業界の現在については、『ウルトラQ dark fantasy』DVDのインタヴュウを撮影したエル・アミティスの関和紀氏に、こちらから逆に取材をさせて戴いた。深く感謝している。